〜発達障害の子育てに向き合う中で気づいたこと〜
「うちの子、グレーゾーンなんじゃない?」
そんな漠然とした不安から始まった私の子育ての悩み。
発達障害の診断を受け、言語療法に通いながらの日々。
正直、しんどかった。
感情のコントロールが難しい息子に振り回され、
「なんで私ばっかり…」
「どうしてこうしてくれないの?」
「頑張っているのに、報われない」
そんな思いが心の中でぐるぐる渦巻いて、
気づけばため息ばかりついている日々だった。
でも、ふとしたときに思ったんだ。
「あれ?昔より、めっちゃよくなってるな」って。
例えば、癇癪が減った。
言葉で気持ちを表現できるようになってきたから。
感覚過敏で大泣きしていた場面も、少しずつ「ま、いっか」と流せるようになった。
以前はズボンのタグや生地の感触が気になって、
「このズボン、やだー!着たくない!」と大泣きしていた息子に、
私もイライラして「もう!何がそんなに嫌なの!?」と怒鳴ってしまっていた。
でも今は、「そっか、ここが気になるんだね。でもお外行ってみよう?風が気持ちよくて、気にならなくなると思うよ。」
そんなふうに声をかけられるようになった。
すると泣きながらも渋々ズボンを履いて出かけて、気づけば公園で元気に走り回っている息子がいる。
「あれ?あんなに泣いてたのに、もう忘れてるじゃん。」
そんな場面が少しずつ増えてきた。
何より、暴力行為が減った。
以前は怒りにまかせて手を出してしまうことが多かった息子が、
今ではぐっとこらえて踏みとどまれるようになった。
ある日、息子がイライラして怒りをぶつけそうになったとき、
ぎゅっと拳を握りしめて、必死に自分を抑えていた。
その後、私のところにトコトコ歩いてきて、
「怒ったけど、言いすぎたね。ごめんね」
そんな言葉は出てこないけれど、
私の頭をそっと撫でてくれた。
「ああ、この子なりに“ごめんね”を伝えてくれてるんだな」
そう思ったら、なんだか涙が出てきた。
「この子、変わったな…」
そう思えた瞬間だった。
もちろん、全部が順調だったわけじゃない。
療育に通う中で、他の子と比べて落ち込む日もあったし、
「私の育て方が悪いのかな?」と自分を責めた日も数えきれない。
「なんで私ばっかり、こんな思いをしなきゃいけないの?」
そんなふうに、心の中で何度もつぶやいていた。
でも今、振り返ってみると、
一番変わったのは**「私の心の持ち方」**だったんだと思う。
あの頃の私は、いつも自分のことばかり見ていた。
「私ばっかり」「私が一生懸命やってるのに」「私だってつらいのに」。
気づけば「私が、私が」って、自分中心の思考になっていて、
子どもの気持ちを想像する余裕なんてなかった。
正直、「私、何様だったんだろう」って、今は思う。
そんな私を変えてくれたのが、**Voicyの「はっちゃん」**だった。
「毎朝聞くだけで前向きになれる」
最初は、そんなわけないじゃんって思ってた。
「まあ、そういうなら試しに聞いてみてもいいけど?」
そんな冷めた気持ちで再生ボタンを押したのが最初だった。
でも、気づけば毎朝聴くようになってた。
「しんどいって座り込むより、ちょっとでも動いたほうがいい」
「自分が、自分が、って思ってるときは“自分が何様”になってる」
「人に優しくできる自分でいたい」
はっちゃんの言葉は、私の心にすっと入ってきた。
そして気づいたんだ。
子どもにイライラしてるとき、
実は**「子どもに参ってる」んじゃなくて、「自分に参ってる」**んだって。
「どうせ頑張っても意味ない」
「私なんてどうせ報われない」
そうやって、自分に負けてたんだなって。
それに気づいたとき、少し肩の力が抜けた気がした。
子どもの困りごとが減ったのも、もちろん成長や療育の効果もあるけれど、
一番大きかったのは、私自身が変わったことだったと思う。
🌿 子育てしてる。それってすごい偉業じゃない?
🌿 「私の人生、なんだったの?」って? → 幸せに決まってるじゃない!
🌿 素敵な命を授かったんだ。存分に振り回されよう。
🌿 必要なことは教えてあげる。今日もいっぱい遊ぼう。
この心の転換があったから、今、笑えている私がいる。
子育ては、反省と改善の連続。
でも、悩んで、向き合って、変われたからこそ、
「私、少しは頑張ってきたんだな」って思えるようになった。
もし今、子育てで悩んでいる人がいたら、
もし「もう無理かも」って泣きたい日があるなら、
ちょっとだけ、はっちゃんを聴いてみてほしい。
きっと、あなたの心にも何か響く言葉があると思うから。


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